2010年12月11日土曜日

アトピー治療史の必要性-社会問題として提起するめに(つづき×2)-

2010年12月11日(土)
<ステロイド依存性のアトピー湿疹が、「ふつう」になる日がくる!?>
しーな先生との会話が頭にひっかかっています…。
「これからのわかい皮膚科医は、おとなのアトピーゆうたらもうステロイド依存性の湿疹が混在している状態しかほぼみられないわけですから、それが、おとなの「ふつう」のアトピーとおもってしまうでしょうね…」という言葉…。
それが現実になったら、ステロイドの依存性を危惧し、脱ステを支援する医師がますますやりにくくなっていしまいます…。
「むかしのおとなのアトピー」の写真をみせて、「本来、アトピー性湿疹とはこのようなもであった」と論証しても「時代によって湿疹の状態はかわりうる」と「標準治療」推進派は主張してくるでしょう。
「ステロイド依存性の湿疹はみわけがつくはずだ」と主張しても、「ステロイドのせいだとおもいたいから、そうみえてくるだけだ」ときりすてるかもしれません…。


<アトピー治療の歴史を再構成してみたい…>
木曜日、しーな先生にあいにいく電車の中でよんでいた本にこんな一節がありました。
「個人が談話をつくっているのではない。むしろその逆である。談話は個人を超えている。たしかにあらゆる人々は談話の形成に関わっている。しかし、いかなる個人も、いかなる個々の集団もその談話を規定することはできないし、最終的にできあがるものを正確に意図することはできない。基本的に、談話は歴史的な過程を経てできあがるのであり、独立するのである。談話は、個々の主体が意識しているもの以上の知を伝達する。(たとえば特定のテーマ群にたいする)ある社会の知を伝達しようとするならば、その知がどのように形成されたか、あるいはどのように発生したかを再構築しなければならない」
ルート・ヴォダックほか『批判的談話分析入門』(三元社、2010年、p.57)

「これ、つかえるな~」とページをおってしまいましたが…。アトピー治療にまつわる「言説」あるいは「談話」にも適応できます。

「アトピーにはステロイド」という「標準療法」という知は、どのように形成されたのでしょう。いつどのように発生したのでしょう。この点は、現在の状況をみきわめるために非常に重要なポイントかもしれません。

<アトピーの歴史>
たしか、『第三の脳』を書いた人が、アトピー最初期の患者さんで、それまでわけがわからなかった皮膚状態であったのに、「アトピー」と名付けられ、ステロイドがだされたときは、うれしかったと書いていたような…。それって1970年代? いや、もっと前でしょうか…。
検索してみると、よしだこどもクリニックの院長さんが、「アトピーの歴史学」を書いていました。
これによると…日本に紹介されたのが、1960年代、ステロイド軟膏が開発されたのは1953年、1970年代まではアトピー患者の主流はこども、1980年代後半から成人のアトピー出現(って、1970年代のこどもがおとなになって、なおらなかったってことですかしら…)。
いや、でも、いつから「アトピーにはステロイド」が標準化されたのか、そのときの医者はどうおもっていたのか(画期的!これで、患者をすぐにらくにさせてやれる!とかよろこんだのかしら)、1960年代の主流の治療はなんだったのか…アンダームとか亜鉛華軟膏だったのか? いや、すごくりしりたい…。
そんな昔の資料をあつめて現在の「標準治療へいたる道」をえがくことで、今の「標準治療大合唱」の意味が理解できるかもしれません…(いま、しりたい! あした図書館にこもりたい…でも、これも3月以降の課題にします…)。

<「脱ステ」の歴史>
もう一方、「脱ステ」の歴史はどうなのか…。むかし、個人的におしえてもらったmoto先生のむかしの小説が、ライフヒストリー的でつかえそうな気が…(おしえてくだった方が「この話はもう深谷先生おもいだしたくないかも…リンクはらないで」と書き添えてくださったので、リンクははりません)。
その小説は、周囲の医師や看護師さんが「ステロイド嫌う患者がめんどくさい。どうにかしてほしいよ…」「こんな事態になったのは、マスコミがステロイドを問題視するせい!」と憤慨するなか、「いや、これだけ多くの患者がステロイドを拒否するということは、マスコミの影響だけではないだろう。なにか問題があるはずだ」と考え、患者の意向を尊重しつつ、やめたくなった理由をききとろうしはじめる。しかし、その行動が周囲の反感をかい孤立していく医師の姿がえがかれています。

「小数派影響源」(笑←小坂井敏晶さんの引用です。ブログで詳しく書いたのは…10月26日でした)かもしれませんが、患者さんたちは、いつ、どうして、ステロイドをうたがいはじめたのか。これもアンケートではなくインタビューとしてきいてみたい…。
江崎ひろこさんがステロイド裁判をはじめたのが1983年、それから10年以上たって川崎ステロイド裁判がはじまります。
石川憲彦さんは『子育ての社会学』(朝日文庫、1990年)のなかで、「アトピーにつきあう」(p.130-137)って文章をかかれています。ここに登場するEくんのおかあさんが、皮膚科につれまわしいろいろためしてみますが改善しない…。ステロイドでいったんはおさまっても、またすぐにもっとひどい症状がでる…。ぼりぼりかいているのに「えっ? かゆくないよ」というEくんに、おかあさんはついに治療を放棄します。たぶんこれがはじめて本になったのが、1985年なので、その数年前のできごとだとおもいます。
私の学生時代の友人たちのなかで「ステロイドやめた」という話をきくようになったのも、1980年代(もっとも、それ以前はこどもで、そんなこと友だちとはなしあいませんが(笑)。
それなのに、20年以上たった今、まだ「脱ステ」を皮膚科医の権威がみとめないって(むろん、脱ステした人が皮膚科医の前からきえますので、『私のおかげで治ってさった』と思っていらっしゃるかもしれませんが)、ちょっと検索すれば、脱ステブログがわらわらヒットしてくるのに、認めないって…おかしい…。

<二つをならべることで、みえてくるもの>
やはり、どうしてもはなしがききたいです!! 
moto先生の本、深谷元継『ステロイド依存―ステロイドを止めたいアトピー性皮膚炎患者のために』(柘植書房、1999年)は、「私は1986年に皮膚科医となった」「アトピーは、新米皮膚科医でも、見ればすぐに判った。処方も簡単であった。顔には弱めの、眼囲には眼科用の、体にはやや強めのステロイド軟膏」(p.3)という記述からはじまります。そして「この数年間、ステロイド皮膚症に陥った患者が離脱していく過程に立ち会いながら、いったい何がどう悪かったのか、私なりにいろいろ考えた」と話が展開しています。私は、この「気軽にステロイドをだす新米皮膚科医」だったmoto先生が、いつステロイドを嫌う患者に気づき、なにゆえステロイドをきらう患者につきあいはじめたのか、ここのところをぜひ、きいてみたいです。なにもないかもしれません。でも、ここが「皮膚科の権威」とされる医師たちとの重要な岐路があるような気がします。
佐藤健二先生の本のタイトルは『患者に学んだ成人型アトピー治療-脱ステロイド・脱保湿療法』(柘植書房、2008年)です。序章に、ステロイドによる副作用がみられた患者数を調べ、それが増加してこそすれ、減少していない事実をつかみ疑問をもちはじめたことなどが書かれています。しかし、佐藤先生がなぜ副作用をみせる患者の増減がきになったのか、そうした佐藤先生の気持ちや思考の過程はかかれていません。その思考の変遷こそおうかがいしてみたい…。
ほかにも…たくさんの脱ステを牽引していらっしゃる先生たちは…しーな先生は、いつからおかしいとおもいはじめたのか…どのようにしてステロイドを疑いはじめたのか…。
医師の数だけ、背景があるはずです。
このプロセスは非常に重要だと思います。どこかに研究助成の申請して、インタビューにまわってみようかしら…(どんな枠で!? 医学系はぜったい無理だから…社会学系?(爆))。

多くの医師は治療方法をめぐる論文は書き残します。が、そこにいたる自分の個人史や思考の変化を書き記す人は、おおくありません。
皮膚科の医師たちが、なぜ「標準治療」を、「脱ステ」を、それぞれ支持するようになったのか…そのいきさつを二つならべることで、問題の根源的な部分があきらかになるのではないでしょうか…。
社会問題として提起するために、この記録は必要不可欠だとおもえてきました。
(しかし、これ、どこで発表…医療社会学関係の学会とか? 皮膚科学会系!受理してくれなさそう…というか、私には会員になる資格もなさそうだし(笑)……う~ん…いや、そのまえに、言葉がそれぞれいりみだれていて、整理しないと論文なんてかけない…。「リバウンド」と「離脱症状」は、「抵抗性」と「耐性」は、ほぼ同じ意味で使用されているのか? 「副作用」はそこにどうからむのか。しかも、医者が「業界用語」として使用している言葉と、社会で「一般使用」されている言葉のあいだにもへだたりはあるはず…。そいうえば、「言説研究」もできそうだとおもってはいたけれど…。だめだ〜、ブログ書いている分には問題じゃないかもしれないけれど、論文かこうとおもったらまず文献にあたりまくって言葉の整理が必要…。勉強しないと…。というか、いや、そのまえに自分の仕事、おわらせよ!でした…)。


<きょうのふっくん>
そんなにかわりありません。
しもやけが、ついにかかとと、あしの指2本にも、できてしまいました…。
そういえば…ここ2週間くらい、肌の状態があまりよくなくて…。こうなると、てきめんに足マッサージをいやがります。とくに、足の裏をもむ、足の指をもむと、すごく痛がっておこる…。わたしも、けられるのはいやだし、警戒して力のはいった足をむりにもむのもどうかと、てきとうになぜておわっていました。
「ぼくも〜」と強引にとなりにならんだみっくん。
うごくので、ぼけてます(笑)
あ〜。いたがってもちゃんと話して、毎日足マッサージして、血行よくしてたらしもやけふせげたかな〜とちょっとショック。
本人も、「これからは、保育園でも足がつめたいときは自分でマッサージしよ〜」とつぶやいてました。

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